archive 240805
良人とわたしが今住んでいる祖父母の家はもともとクリーニング店だった。歩いて五十歩むこうの、両親の持ち家の方に工場(こうば)が併設されていて、昔はそこでよく遊んだのだった。 工場の一階にはさまざまな洗濯の機械と大きなドラム乾燥機があって(今となってはあれが洗濯機なのか乾燥機なのかもわからないのだが)その中を覗くと、真っ暗な中にシルバーの鈍い光がチカチカして宇宙船のようでワクワクした。二階と一階でカゴを渡すため上下するリフトがあり、わたしはどうしてもそれに乗ってみたかったのだが、危険ゆえ許されたことはない。クリーニングの品物を積み降ろしたり引き上げたりするときの、リフトのカラカラギシギシという金属音が好きだった。
カンカンと大きな音を立て、錆びついた金属の狭い狭い階段を上っていくと、そこはまるで秘密基地のようだ。秘密基地の主はただひとり、祖父だけだった。あの人だけがあの空間にふさわしい人で、わたしは祖父のいるそこに訪れるのが好きだった。 リフトのところだけぽっかりと床が空いているので、乗ってみたがる割には怖がってそこには近づかなかった。ひしめくほど作業着が吊り下げられているスペースには畳が敷かれていて、昔は従業員の人たちが寝泊まりをしていたらしい。壁に面するようにして作業机があり、重たい鉄のアイロンがいつもそこに置いてあった。祖父がそれを使っている姿は残念ながら思い出せないが、シャツをパリッと清潔に仕上げるのがそれはそれは上手だったそうだ。 そういえば、その作業場でわたしが特にお気に入りだったのはビニールのシーリング機だった。ちいさく畳まれたクリーニング後の作業着をその機械に通して薄いビニールに閉じ込める作業を、昼でも夜でも喜んで手伝ったような記憶がある。
祖父の声はもう思い出せない。仏壇に手を合わせる度写真を見るので、顔は忘れない。幼い頃の記憶しかないせいか背が高いような気がしていたのだが、どうやらそうでもなかったらしい。手も足も指が曲がっていた。浮き出た血管が面白くていつも触らせてもらっていたような記憶がある。思い出せる祖父との日々は多くないのだが、作業場で一緒に食べた鯛焼きが人生はじめての鯛焼きだったことを昨日思い出した。会話の内容は思い出せないのに、頭から食べるのかしっぽから食べるのか、なんとなくそんなことを考えていたことはぼんやり思い出せる。優しい人だった。母は厳しい人だったと言う。
おじいちゃん、わたしはもう少しあなたのことを、あなたとの思い出をちゃんと覚えていたかったなあ。もう叶わないことだけど。だからふと思い出した、あなたのまわりの記憶を書き留めておく。