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archive 250514

「孤独は寂しいよ。僕には耐えられない」 「そうとも限らない。孤独が楽しい時もあるし、孤独が好きな時もある」 「それはおかしいな」と彼は言葉をさえぎった。 「それは文法的におかしい。広東語では『孤独が好きだ』とか『孤独は楽しい』って表現は絶対に使わない。だって孤独は寂しくてとても惨めな状態なんだから。どうしてもそういいたい時は、『私は一人でいるのが好きだ』というんだ」 「私は孤独に慣れている、この言い方は成り立つ?」 「成り立つには成り立つけど……今から自殺する人の言葉みたいだ。ぞっとしちゃったよ。すごく不吉な感じがする」 星野博美. 転がる香港に苔は生えない (文春文庫) (p.189 Kindle Edition)

軽やかで客観的な語りながら繊細さや鋭さも感じる洞察、当時をそこで暮らしていたからこそのエピソードの数々に、飲み込まれるように読み進めた。

今日とてゆっくり日記を書く時間は取れなかったので(もう深夜……)ひとまず一番最初にとても印象に残った部分を抜粋しておく。香港では「にぎやかであること」が幸福の最低条件だ、という話の流れで出てきた会話なのだが、孤独であることとひとりであることというふたつの事象の間にはたしかに明確な差があるとは思うものの、それが「文法的におかしい」という指摘になることが面白く感じた。言葉は文化と結びついている。香港に行けば、わたしもまた自分が「孤独」だとは感じなくなるのかもしれない。