maaq

archive 250729

もう先週のことだが『スーパーマン』を観た。公開後なんだかにわかに世間が盛り上がる様子を見て少しあまのじゃくが顔を出しはじめていたものの、今観てよかったなあと思う。 DCEUでザック・スナイダーが捉えようとした姿とは対極にあるような、瑞々しく、親しみやすいスーパーマン。あえて並べるとするならドナーの捉えたスーパーマン像に近いだろうか。スナイダー版はSUPERman、ガン版はsuperMANと形容されていたのをどこかで見たのだが、本当に簡潔でわかりやすい説明だと思った。

Kindness Is Punk Rock — And So Is Superman!

What makes Superman compelling has never been his ability to fly, or the fact that bullets bounce off his chest, or his laser beam eyes. It’s the restraint. The silent choice to be gentle in a world that gave him every reason not to be. That, to me, is power. Not to destroy when you can, but to heal, even when no one asks you to.

We destined ourselves day by day through our choices to be good, despite everything. The world will not make us less kind. I will remain kind. Despite it all.

今この時代でなければ、ここまでこの映画に心が響き合うような心地はしなかったと思う。わたしはこれを人々の祈りの器なのだと思った。また、これは「善良さ」についての物語だとも思った。ただただ優しくあるのではなく「受け止めたあとにどう行動すべきか」を選び続ける誠実さを持つことの話。 それから、それをまったく別のアングルから眺めて描いていたのがスナイダーだったな、とも。

(カムバからしばらく生活の中心にSEVENTEENがあるもので、ここでもそのレンズを通して作品を眺めてしまうのだった。でも今回のクラーク・ケント、本当になんとなく、ジョシュアを思い起こしてしまう。お恥ずかしや……けれどもまあ、わたしが美しいと思う彼の人柄には、こういう話に重なる部分があるからなのだと思う。)